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まやかしの水 マイナスイオン水


◆ブームがひとり歩きしたマイナスイオン

 巷にはびこるトンデモ理論(ニセ科学)を平然と健康に結びつけてしまう水業界はじつに恐ろしいところですが、一大ブームとなったマイナスイオンも、大手企業をも巻き込んだニセ科学ゲームの最たるものでした。なにしろ、 科学的根拠もなく、なんら解明もされていないマイナスイオンなる気体が、たんに「健康にいい」という風説のみで市場を席巻したのですから驚きです。
 
 現在のところ、マイナスイオンという言葉は、科学的・学術的な用語としては認知されていません。また、教科書で習う陽イオン(カチオン)、陰イオン(アニオン)とはまったくの別物で、本来は負の空気(大気)イオンと呼ぶべきものです。
 
 事の発端は、前々世紀の終わりころ(古い!)、ドイツの物理学者のレナードという人が「水滴が分割されるときに大きいほうの水滴はプラスに帯電し、小さい方にはマイナスの電気を帯びる」という説を発表したことにあるようです。 これはレナード効果と呼ばれていますが、この帯電粒子がいつのまにやらマイナスイオンに置き換えられ、からだにいいという説と結びつきました。
 
 滝つぼの付近や森林、海岸などの空気中にはマイナスイオンが多く、その空気の爽快さがレナード効果に基づいているというふうに拡大解釈され、それが健康にいいという形で表現されてきたのではないかと思われます。 もちろん、それ以上の根拠はまったくなく、マイナスイオン発生のメカニズムも、健康に関する効果についても、科学的に実証されたわけでも確認されたわけでもありません。いわば、大自然という壮大なイメージからくる、主観的な思い込みから出た俗説というところが正しい答えでしょう。
 
 業界では、マイナスイオンを出しているというグッズや機器におけるマイナスイオンの数(個/立方cm)イオン測定器なるもので計ったとして提示していますが、これはどう見ても科学的な計測法とはいえません。だいいち、測定器そのものが、どのような物質を測っているかが分からないという曖昧なもので、とくに、水滴が多いところでは長時間の測定はできないという、まるで信じるに足りない代物なのです。
 
 通常、なにかが健康にいいと結論する場合は、その成分の組成や分子構造まできちんと解明したうえで世に送り出すのが筋道です。ところが、マイナスイオンは化学的にもその実体がなにかわかっていないうちに、健康にいいという説だけが噴出してしまったのです。
  
◆マスコミが生んだ「虚構の市場」の繁栄
 
 マイナスイオンブームの先駆けとなったのは、ニセ科学番組の呼び声高かった、あの『あるある大事典』でした。視聴者を一方的にあおるようなセンセーショナルな番組づくりが徒となり、ついに「納豆事件」で消滅の憂き目を見た経緯は先に紹介した通りですが、1992年から2002年にかけて、4回ものマイナスイオン特集がこの番組で放映されました。
 
 このころから日本に、マスコミがつくり出したマイナスイオンの「虚構の市場」が起ち上がり、2002年にはピークを迎えます。中小はもとより、大手家電メーカーのすべてが健康迷信に基づいたこのマイナスイオンブームに便乗し、エアコン、空気清浄機、ドライヤー、冷蔵庫、加湿器などに、マイナスイオンを発生するとした装置を付加して売りまくりました。
 
 とくにエアコンは、東芝が売り出したマイナスイオン仕様の「大清快」という機種に人気が集まり、当時、業界3位だった同社のシェアを、首位に迫ろうかというところにまで押し上げたのです。当然ながら他社も追随し、2002年の夏には、マイナスイオンをうたわない新製品を探すのが難しいほどのブームとなりました。また、松下電工が「髪をしっとりさせる」として若い女性をターゲットに売り出したドライヤーも大ヒットし、40万台以上が売れたということです。
 
 そのほかにも、癒し系の商品、トルマリン、備長炭、下着や衣類、はては観光土産品など、300以上ものマイナスイオン関連商品が登場して、マイナスイオングッズ花盛りの「虚の市場」が日本中に形成されていったのです。
 
 当時、ある家電メーカーの広報担当者は、「メカニズムがはっきりしないことは承知しているが、有害だというデータもない。我々がブームをつくり出しているというより、ブームに引っ張られている感じだ」と、マイナスイオンに懐疑的なコメントを発しながらも、売れるからという理由だけで市場に参入していることをほのめかしています。
 
 まさに、マイナスイオンは、不況の只中にあった幾多の企業の救世主となりましたが、一方、大手企業が良心を捨てたときでもあったわけです。 
  
◆言った者勝ちの世界で生きる怪しい人々
 
 トンデモ理論については、しかるべき提唱者や信奉者が存在することになりますが、そうした人種に共通するのが、「言ったもの勝ち」という無責任な姿勢です。健康にいいといえば、たちまち食いついてしまう未成熟な日本の市場にあって、パイ理論、クラスター説、活性水素説などの目先の変わった論は、言った者勝ち、利益を得たもの勝ちとなる要素を十分に満たしているといえるものです。
 
 マイナスイオンの世界にも、いわずもがなのこうした怪しい面々がうごめいていて、つとに有名なのが、山野井昇氏(東大医学部教務系職員・教授ではない)、菅原明子女史(自称・東京大学保健学博士)、堀口昇氏(マイナスイオン機器業者)の三氏で、業界ではマイナスイオン三人衆と呼ばれています。三氏ともに『あるある大事典』に登場してマイナスイオンの有効性を述べたり、関連著書を出したりしてブームを演出してきました。
 
 その中の堀口氏は、マイナスイオンを自ら商品化して販売していたのですが、あろうことか、彼が代表を勤めるマイナスイオンの機器製造会社が、2003年8月に薬事法違反で業務停止処を受け、世のひんしゅくを買ったというお粗末ぶりまでも提供しています。理論の真偽をきちんと検証せず、彼らのいい分を鵜呑みにして登場させるメディアもまた、ニセ科学を伝播する共犯者といえます。
 
 このように、世にあるマイナスイオン健康グッズの「効能」の多くが、上記の、まともな研究者といえない三人衆をはじめとする、「言った者勝ちの世界」で生きる怪しい人たちの著者や言動から導かれたものであることを考えれば、マイナスイオン関連商品を売り買いすること自体、いかに愚かなことであるかがおわかりになると思います。
 
 マイナスイオンのメッキがみごとにはげてしまった現在、三人衆の面々も、周囲に対して恥ずかしい思いをしているのではと推測する反面、厚顔無恥に「誰がなんといおうとも、マイナスイオンは存在する」と強弁しつづけている姿が、ごく自然に目に浮かんできてしまうのは私だけではないような気がします。
 
 実際、科学を装って金儲けに結びつける輩は後を絶ちません。たとえば「サトルエネルギー学会」なる怪しげな組織などはその典型です。前出の山野井昇氏も一員で、他にも村上和雄氏、 船井幸雄氏、 江本勝氏などの多少世間に名の知られたニセ科学創出人間が名を連ねています。
 
 けっきょくは、彼らの信奉者がいちばん損をするわけですが、ニセ科学を煽るマスコミや彼らの行為を取り締まれない行政が目を覚まさないかぎり、振り込め詐欺の被害者とおなじように「信じる者は救われない」という状況が日本からなくなることはないでしょう。しかし、ダメなものはダメなのです。だから私は、誰がなんといおうと消費者のひとりとして吠えつづけるのです。
 
◆マイナスイオン水なんてどこにも存在しない
 
 さすがに日進月歩の情報化時代とあって、ニセ科学であるマイナスイオンは多方面から批判を浴びつづけ、最近はマイナスイオンを前面にした商品は激減しています。とくに大手の企業から、その手の新商品が出ることはほとんどなくなりました。ひるがえってみれば、もともと大手は豊富な技術陣を擁しており、批判されてあわてて製造・販売をひかえたということは、マイナスイオンがトンデモ理論ということを知りつつ、「売れるからつくっていた」ことの実証ともなったわけです。
 
 ブームが沈静化したことは消費者にとっては喜ばしいことですが、水ビジネスの世界では、相変わらず「マイナスイオン水」なるものが幅を利かせています。むろん、そんな水はこの世に存在するはずもなく、しかも、マイナスイオン水という呼称そのものがナンセンスです。純水以外の、なんらかの物質が溶け込んでいる水はマイナスイオンを発生しているはずで、だからといって、その水をマイナスイオン水と呼ぶ理由にはなりません。水の性質を論じる場合に、マイナスイオンを考慮する必要性などまったくなく、重要なのはその水に、水分子以外になにが入っているかどうかなのです。
 
 また、マイナスイオン水とうたわれているものの中には、電子の入った水だからと、「電子水」と呼んでいるものもあります。放射線でも照射すれば、瞬間、水和電子をつくることはできますが、通常、水の中を電子が自由に行き来することはありえず、かりに水和電子ができたとしても、瞬時に他の物質の原子に取り込まれてしまいます。
 
 にもかかわらず、業者の宣伝文には、 クラスターの細分化、保存期間延長、風呂の温浴効果、水割りや酒・お茶・コーヒーの味がまろやかになる、アオコの発生防止、抗菌作用、防臭効果、洗浄力向上など、他のまやかしの水同様に、万能の効能がまことしやかに並べ立てられています。
 
 いうまでもなく、これらの効能は科学的に実証されたものでも確認されたものでもありません。かりに余分な電子が水に入ったとしてもそれは不安定な状態ということで、たちまち他の分子に電子を渡して普通の水にもどろうとします。つまり、活性酸素などのラジカルと同じ状態が起きるわけで、からだにいいどころか逆に劇物の類いということになります。そうした、なんにでも化学反応する危ない水など飲まないほうがいいのは当然で、いうなれば、電子なにがしという講釈が登場した時点で、もはや耳を傾ける価値さえなくなっているのです。



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